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倭人伝/邪馬壹国の位置

卑弥呼がつなぐ古代史では、加治木義博氏の説によって、鹿児島の姫木山=隼人町がハリマ(国)であり、また、邪馬壹国ではないか、と推定しました。

ーが、隼人はハリで邪馬壹国ではなかったようです。
それは、南至邪馬壹國…、の案内文の読み方にあったようです。

倭人伝には、
伊都国から…南至邪馬壹國、女王之所都、水行十日、陸行一月。
と記されていました。

これを、水行で十日行って(八代に着き)、さらに、陸行で一月進んで(隼人町姫木山に着いた)。
これが、加治木説です。

冊子一号・ハリ国の謎」 九州地図と倭人伝の記述を参照。
http://hach8.web.fc2.com//05-2015pa/01himiko/in02.htm


この解釈が誤りだったと思われます。
この解釈は、

水行なら十日で行ける。
陸行なら一月かかりる、という並列の説明だったのです。

水行で十日を行き、そのあと、陸行で一月を行くのではない。
水行で十日か、陸行なら一月…このどちらかで行ける、という意味です。

邪馬壹國の案内の前に、
南至投馬國、水行二十日と、投馬國の案内があります。

水行で十日と二十日ですから、邪馬壹國は投馬國の半分ほどのきょりです。
しかし、水行十日の後に陸行一月進めば、邪馬壹國は投馬國と同じ程度か、それより遠い場所になります。
また、同じ南へ進めば、同じような場所と云うことになりますね。

水行二十日の投馬國が、九州南端の薩摩半島だったとすれば、
水行十日の邪馬壹國の位置は、
八代からその南の芦北郡~出水市あたりではないかー。




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