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■四国・国名の秘密

四国=大食作国
竹内文献には、当初の四国の国名を「大食作国」と記されている。
神代の残像第七巻・沈黙の八幡神殿総伝・第七章気比大神では、この国名について、
「しょく」の読みから中国大陸の蜀ではないか、また、読みは「おけさ」か?などと様々な推定をしたのだがー、どうやら、それらはいずれも間違いだったらしい。

この「大食作国」は、簡単な知識があれば解ける国名だったのだ。
読者の中には、前巻をお読みになった時点で気づかれた方もあったのではないかー。

大食(タージー)
「大食作国」の「作(さ)」は二番手名であるから、大食国の二番手の国ーつまり、大食国を継承した国という意味である。
この「大食」…とは、ペルシャ語(タージー)の中国語音訳で、元来、アラブ人のことを意味した。

のちに、唐・宋時代の中国人が、イスラム教徒やアラビア人に対して用いた呼称が「大食」で、大食国とはイスラム帝国(別名・サラセン帝国)の中国での呼び名である。
イスラム帝国の成立は紀元六三〇年ごろ以降のことで、中国で唐が成立(六一八年)した頃と同じ年代である。竹内文献は、これを上古代として記している点からして、竹内文献の記した大食国とは「アラブ人の国」を意味したものと思われる。つまり、ユダヤ人とは別の「アラブ人」という意味である。

「アラブ人」とは人種的な存在ではなく、アラビア語(セム語)を話す人々であったり、聖書のイシュマエルを始祖に持つという概念である。
イシュマエルとは、旧約聖書のアブラハムと、妻サラの女中であるハガルとの間に生まれた長男で、アラブ人はこのイシュマエルを祖とする子孫とされている。
アブラハムの正妻サラの子・イサクーヤコブ系譜の子孫であるユダヤ人とは別の民族になったとされる。

竹内文献は、四国を「大食作国」…、つまり、「第二のアラブ人の国」と記しているのだ。
言い換えれば、ユダヤ人ではないことを意味している。

そして、最終的に呼ばれている四国(しこく)は、四つの国ではなく、シ国…、このシはシリアのシである。(シリア⇒シ里亜)

また、シマ(シ間=シ国)の表示で、クマ地名と対象になって各地に残っている。
クマ地名(古事記で熊襲など)…邪馬台国……半島で百済(クダラ)
シマ地名(古事記で白日など)…邪馬壱国……半島で新羅(シラ)ー羅(ら)は国の意味で新羅(シラ)は=シ国と同じ意味。


●四国から兵庫大阪へと、サシスセソの国名が並ぶ。

讃岐(さぬき)⇒サを抜く→さ行から抜くと、シ、
つまり、サヌキとは、シコクの言い換え…邪馬壱国

土佐(とさ)⇒(サヌキのシ)とサ」という並び。…邪馬壱国

この始まりは鹿児島の薩摩(さつま)⇒サツマのサツはマレー語で壱の意味。つまり、サツマとは壱国の意味。

◆徳島(とく・しま)⇒(サヌキのシ)とク」という並び。
 クはクマソ→クルの其(場所)…邪馬台国

は、播磨(ハリマ)の場所だが、
ここはバーリー語の南伝仏教経典のハリマになった。…ハリ国…邪馬台国勢力
痕跡に、須磨(すま)→ス間(スの国)の地名が残っている。

次が、摂津(せっつ)→セの国…邪馬台国勢力

最後のソは、国名ではなく人名として残る。蘇我氏…邪馬台国勢力
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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